ネイズビーの戦い 2015 7 25

 平和ボケをしている日本人は、
親米派も反米派も、深層心理では、
「いざとなったら、アメリカが助けてくれるだろう」と思っていますが、
そこが、「甘い」と言わざるを得ないのです。
 アメリカは、思想信条よりも金儲けを優先させているのが、明白だからです。
どう考えても、日本市場よりも中国市場の方が魅力的です。
 だから、日本が紛争に巻き込まれても、
在日米軍基地が攻撃されない限り、アメリカは中立を保つでしょう。
 もし、私がアメリカ人だったら、
徹底的に、中国の民主化を求めていたでしょう。
 私は、2005年に、
「1645年に始まったネイズビーの戦いは、今なお、終わっていない。
まだ、地球を一周していない」と書きました。
 私には、そういう気持ちがありますが、
今は、私は日本人で、日本に住んでいる以上、
中国が大混乱に陥れば、日本も甚大な被害を被ります。
日本は、あまりにも中国に近すぎるのです。
 私は、心の中では、「ネイズビーの戦い」がありますが、
地理的な条件を考えると、残念ながら、あきらめざるを得ません。

ネイズビー Naseby 2005 5 19

 1645年に始まった「ネイズビーの戦い」は、今なお、終わっていない。
そう、地球を一周していない。

ネイズビー Naseby 2004 5 25

 1625年に国王となったチャールズ1世は、
父王ジェームズ以上に、専制政治を強化した。
 そのため、議会は、「権利の請願」を提出し、
「議会の同意がない課税」や、
「法律に基づかない逮捕や投獄」をやめることを、国王に約束させた。
 しかし、これに対し、国王は、結局、議会を解散し、
約11年間、議会を開くことなく、専制政治を行うことになった。
 こうして、王党派と議会派の対立は、深刻なものとなり、
ついに、ある事件を契機に、イギリスは、内乱状態となった。
 議会派の中心であったクロムウェルは、
近代的な軍隊に近い「新型軍」を編成し、
1645年に、「ネイズビーの戦い」で、王党派の軍隊に大勝した。
 1649年には、国王が処刑され、議会派が、共和政を打ち立てた。
これが、ピューリタン革命と呼ばれることになった。
 これは、昔話と思うでしょうか。
しかし、現代にも、「王」がいます。
それは、「独裁者」や「独裁政権」のことです。







































































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